は、深く息を吐いて筆を置いた。
首を回せばごきっと音がした。
首を擦りながら、今までずっと紙面に向いていた視線を上げれば、正面にいる三好兄の面と目が合う。
だけど、兄はこっくりこっくりと頭が上下していることから、寝ているのだろう。
窓の外を見れば、ちょうど太陽がその日一番最後の光を世界に投げかけているところだった。
墨が乾いたのを見計らって、折りたたむ。
片付けようと腰を上げたら、横から手が伸びて机の上の硯と筆を持っていく。
「お疲れ、」
「あ、起きてたんだ」
さっき、ちらりと目端に捉えた弟達二人も寝ていたと思ったが、一人は起きていたようだ。
「ん、まぁな」
立ち上がろうとしているに手を貸してくれる。
「ありがと」
「ああ。おい起きろ、兄」
が立ち上がったところで弟は両手が塞がっているからか、寝ている兄を思いっきり蹴飛ばした。
「いっでって何するんだ」
がん、と頭を壁にぶつけ、そのぶつかった箇所を押さえながら兄が呻いた。
「が書き終えたから連中に渡しておけよ」
弟は兄にそう言ってと一緒に井戸に向かう。
さ、手と硯と筆を洗うぞ
あ、うん…兄大丈夫かな
心配ないさ。兄だから
そっか兄だからね
兄は、と弟の声を遠くに聞きながらがんがんと痛む頭を何度も擦り、薄っすらと目尻に涙を浮かべてが書き終えた手紙を手にする。
「…これを松永様に。報告はいつものように」
片手で涙を拭いながら天井裏から降りてきた自軍の忍にの手紙を渡す。
つもりだった。
「ちゃんの手紙かぁ何て書いてあんの?」
「返せ猿飛」
兄の手からの手紙を受け取ったのは松永軍の忍ではなく、猿飛だった。
「いいじゃない。どうせ大したこと書いてないでしょ」
「そうだとしても駄目なものは駄目だ。返せ」
伸びてくる兄の手をかわして猿飛は、少し距離を取って手紙を口端に寄せる。
「でもね、三好の旦那。これにもしも武田にとって良くないことが書かれていたら俺様やる、よ」
「させない」
キンと張り詰めた猿飛の視線に兄もきゅっと睨み返し、決然たる言葉で返す。
「まぁ、ちゃんがここにいるのは小田原に向かうためっていのは知ってるから今回は見逃してあげるよ」
猿飛はふ、と微笑んで手紙を兄へと返した。
兄は奪うようにそれを受け取って懐に仕舞う。
「けどねぇ、旦那。悪いんだけどだからと言って全部を全部見逃してはあげられないんだよね」
「何がいいたいんだ?猿飛」
あ、弟君おはよう
おはようさん
さっきまでぐっすり寝ていた弟も起きて、目だけ猿飛に向けて聞いた。
「大将がさ、ちゃんに会いたいんだって。来てくれるよね?三好の旦那方」
これだから嫌だったんだ。
兄は奥歯を噛み締めた。
を連れて諸国を歩くということは、松永軍の弱みを曝け出して宣伝しているようなものだ。
豊臣以外は、皆織田の系列であり別に軍の指揮をする人間と面識を持つのは悪いことではない。
(豊臣は、まぁいい)
けれど、ここは、
「なんだそんなことか。わかった行こう」
弟があっさりと言い切った。
「あ、ほんとー俺様助かるー」
思考がぶっち切られた兄は、立ち上がって弟に何か言おうと思うが、言葉が見つからない。
「〜〜〜〜〜」
「ん?どうした、兄。真っ赤だぞ、顔」
「ほんとだねぇ。気分悪いの?」
そんな兄を見て、全く持って見当違いなことをのたまう猿飛と弟だった。
「お、まえっは、」
そして兄がようやく言葉にしだした時に、
「ただいまー」
「あれ?佐助さん、こんにちは」
「はいこんにちはーちゃんと弟君もう一人」
ともう一人の弟が帰ってきた。
は少し驚いて、猿飛にとりあえず挨拶をした。
礼儀にうるさい兄の手前、ちゃんとやらないと、という意識が働いたようだ。
猿飛はに向かってにこりと笑むと、さっき言ったことを告げるべく口を開いた。
「ちゃん、ちょっとうちに寄ってってもらうことになったから」
→