ほう、ほう…

梟が鳴き、月が高い位置に陣取って煌々と輝きを放つ夜更け。

じり、と蝋が溶け、灯りの炎が揺れる。

襖の隙間から届く光にはゆっくりと瞼を押し上げた。

三好兄は、松永への報告をまとめていた。

報告、というよりはむしろ、嘆願書に近かった。

(やっと小田原に着いたというのに金が底を突きそうです…)

弟達とは襖の向こうの部屋で寝ている。

兄は、一旦筆を置いて軽く息を吐いた。

長かった旅の目的地へと無事に着いた安堵と、目的をどう果たすかの憂いが込められている。

「兄、何してるの?」

は寝ぼけ眼を擦りながら、そうっと襖を開けて兄の背に問いを投げる。

「起きていたのか、いや、その、松永様への報告を、な」

「久秀様へ?」

きちりと襖を閉めて、兄の傍まで寄り、兄の手元を覗き込む。

「…なんて書いてあるの?」

「…秘密だ、それは」

ほっと肩を撫で下ろした兄が気に食わなくては密かにくずし字攻略を決意したのだった。

「兄、貸してそれ」

「ん、ああ」

筆を執ったが書きだした宛名は

「北条氏政…?」

だった。

「そう、お城に行くのにアポ…じゃないや約束?というか予約?前もって知らせたほうがいいなって今思って」

あ、小田原城の城主って北条氏政公であってるよね?

あっている

一呼吸、置いて本文を書き記していく。

時折、兄が城主に渡すに相応しい言葉遣いを教えてくれる。

それ以外はさらさらと筆が紙を滑る音と、隣の部屋の弟達の寝息しか聞こえない。

が結びの言葉を書き終わり、ちら、と兄を見やれば、文机に肘を置き、頬杖をついて舟を漕いでいる。

墨が十分に乾くまでと、も同じような姿勢を取る。

ともすれば、すぐさま瞼が落ちてきて、暗くて明るい夢の中へと意識が沈んでいった。


翌朝、目を覚ました弟がもう一人の弟を起こして襖を開けると、そこには器用な体勢で熟睡する二人の姿があった。

弟が二人の手元にある二つの文を手に取る。

もう一人は羽織を取ってきてにかけていた。

文を手に取った方の弟は静かに後ろに下がって部屋を辞す。

もう一人は、音を極力立てないように文机の上を片付ける。

カチリ

硯と文鎮が触れてなる、その硬質な音に兄がカッと目を見開いて覚醒した。

兄の手が、手元の武器に触れるよりも早く弟は兄の口に文鎮を押し込む。

「!…ぅぐぁっ」

弟が兄の頭を(正確には髪の毛を)むんずと掴んで視線を合わせ、人差し指を口元に寄せた。

その意味を急速に覚醒した頭で理解した兄は弟の手を払いのけて口から文鎮を取り出し、手ぬぐいで綺麗に拭き取った。…はず、だった。

「…」

身体の節々に痛みを感じては目を開けた。

しかし、視界に飛び込んできた景色に一瞬にして強く目を瞑る。

それは、弟が兄の腹の上に馬乗りになってがっがっと何かで兄を殴っている様子だった。

たっぷり数十秒、暗闇の中、兄のくぐもった悲鳴と打撃音を聞きながら意識を形あるものにしていく。

そして出た結論、早く起きて弟を止める、に従ってはわざと大きく欠伸をしながら伸びをした。

「んーーー、おはよ…、なにしてるの?」

兄と弟はの声に一瞬動きを止めた。

が、すぐさま弟は一発、兄を殴った。

「え、ちょ、ちょっと弟!」

「ぐはっ」

びくんと一回跳ねたかと思うと兄は全く動かなくなった。

「あ、兄…?」

「おはよう

恐る恐る兄の名を呼ぶに兄の上から退いた弟はいやにすっきりとした笑顔で挨拶をする。

「お、弟、それより、兄は…」

「大丈夫だ、死んでない」

「え、や、そりゃそうだろうけど…」

ぴくりとも動かない兄を置きっぱなしにして弟はを立たせて肩を抱く。

「さ、行くか、顔でも洗いに」

「え、え、で、でも兄…」

「行くぞー」

問答無用で歩きだす弟に引き摺られるようには歩きだす。

顔を半分後ろに向けているが、がっちりと肩を掴まれているからすぐ兄が見えなくなってしまった。

井戸のところにはもう一人の弟がいる。

「おはようさん、

「おはよ」

の横にいる弟がもう一人に向かって言う。

「始末を頼む、部屋の」

言った瞬間、言われた弟はもの凄く嫌な顔をした。

「い「行って来い」…」

すごすごと去っていくその後ろ姿に哀愁が漂っているのは見間違いではないだろう。

「ね、「洗ってこい、酷いぞ」…わかった」

有無を言わせぬ口調で弟に言われれば、も先の弟と同じように従わざるを得ない。

「ふぅ…」

冷たい水で頭をすっきりさせ、顔を上げれば

ギャァァァァァァ

部屋の方から兄の悲鳴が止まることなく響いていた。