はわわわわ、と北条は顔を真っ青にして両手で頬を包んで膝をついた。
馬に乗る、二人の旅装束の若者。
疾風怒濤の攻撃で、通行を遮るものを吹き飛ばしていく。
「ぱらりらぱらりら〜〜!!」
「どけどけぇぇぇ!!」
響き渡る大声には三好兄に手をひかれながら一瞬遠くに視線をやる。
今、物凄く懐かしいような、似つかわしいようで似つかわしくないような、言葉が聞こえた、と。
「っ」
「う、あぁ!ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
うっかりしていると目の前に白刃が迫る。
兄にひかれている手とは反対の手でさきほど拾った長い木の棒を振り回す。
ついでに兄直伝の砂巻き上げを使う。
地面を抉るように下から上へと棒を振り上げる。
「うまいぞ、その調子だ」
「こんなのレベル上がっても嬉しくないぃぃ!!」
こんなスキルばかりあがってしまっては松永に戦に駆り出されてしまうではないか!とは叫ぶ。
「大丈夫だ、俺が守る、お前を」
弟達が吹っ飛ばしていった兵達が起き上がる前を狙って駆けていく。
真っ直ぐに前を見ている兄の顔は窺えないが、やけに鮮明に先の言葉はに届いた。
「えーっと、うーん、と、兄は久秀様を守るといいと思うよ」
けれどどう考えても彼が守るべきは己ではないことは当然のこと。
は至極真面目な顔をして言ってのけた。
ここでこの根底の事実を破るような兄であるのならば兄は兄ではないし、それをわかっていながら先の言葉を甘受してしまうほどこの世界に浸りきっては…
まただ。
は眉根を寄せた。
あちらとこちらを比較したり境界線が見えなくなりそうな錯覚を覚えることが度々重なってきた。
「…?」
駆ける足は緩めず、兄はちらりとの顔を窺い見た。
「ん、ううん、なんでもない」
兄と共に天守に向かって駆けながら、は旅の最中を思い出す。
最初に入った豊臣領、竹中半兵衛に付きまとわれながら京都まで、京都との境で別れる時、こそりと竹中の荷物に捻じ込んだ。
『松永久秀良い人伝説改訂版二』
次の京都では、前田家にお世話になった。
(慶次さん、今はどこにいるのだろうか…)
彼に内緒にしておく代わりにと渡した『松永久秀良い人伝説改訂版二』の行方も気になる。
徳川の領地では、久しぶりに長曾我部と会った。
あの剛毅さが恐怖を和らげてくれた。
徳川との出会い、豪勢な宴会。
皆が熟睡している中、いたるところにばら撒いてきた『松永久秀良い人伝説改訂版二』。
武田領での出来事。
すとんと一直線に武田の言葉はを貫いた。
真田の目標に直向きに向かう姿、猿飛の不憫さ、躑躅ヶ崎館の本棚にこっそり紛れこましてきた『松永久秀良い人伝説改訂版二』。
まるで走馬灯のように思い出が駆け巡る。
周りの兵達が目に入らない。
音さえも、耳に入らないくらいに、今まで旅をしてきた光景がを支配する。
この世界を知れば知るほど、この世界を感じれば感じるほど、あの世界を知ることになり、あの世界を感じることになる。
うやむやになりながら融け合って、分離して、混在する。
心が二つに裂かれるかのよう。
だけど、身体は一つ。
不思議な感覚は、じくじくと馴染んできた。
風魔に会う、ただそれだけのこの旅で。
ただそれだけの旅だったはずなのに、終わりが見えて、目的が果たせる直前になって、この旅がどれほど大切なものだったかがわかった気がする。
どれほどの感謝を捧げよう。
この旅のきっかけとなってくれた風魔に、松永に、今まで出会った全ての人に。
私はきっと、今日、この日のために戦国の世を歩いてきたのだと思うから。
確かに『松永久秀良い人伝説改訂版二』を広めることも密やかな目的ではあったけれど。
それはそれ、これはこれである。
小田原城内を駆ける、一歩一歩、噛み締めたい気持ちとそんな場合ではないという理性が鬩ぎ合う。
「、もう少しだ…着くぞ」
最後の階段を駆け上る。
弟達がすでにそこに到着しているからか、もう誰一人兄との行く手を阻むものはいない。
駆けあがる階段の、その先に見える青い空に、光が満ちる気がする。
何かが変わってしまうような、期待と不安。
終わりなのか始まりなのか。
そこに、風魔がいるのかいないのか。
敵意を、向けられるか。
は、真っ直ぐ前を見て、階段を上りきった。
立派な天守の前にいるのは…
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