「世話をかけるね」
「ほっほ、なんの三好の亡霊に貸しを作るのも悪くないもんぢゃ」
腰を丸めた北条が振り返ってにっこりと笑う。
松永はちらと見ただけで顔をそむけた。
北条の視線の先にはまだ、と風魔がいる。
「あ、あの!風魔さん、その、その節はお世話になりました!!ありがとうございましたっ」
北条の視線の先のは何と切り出していいのかわからず、勢いに任せて頭を下げた。
きっちりかっちり敬礼、約45度の角度で停止だ。
頭を下げ切ってから、はた、と気づく。
(お久しぶりです、とか、言った方がよかったかしら…いやむしろ忘れられてたりして…)
そんなことを思ってしまったからなかなか顔を上げられなくなってしまった。
(お願いだから何か言ってください…!って風魔さんって喋んないんだ…)
誰かが地面からの顔を見たのならば青くなったり赤くなったり百面相を見れたことだろう。
おそるおそる顔を上げると、行き成り頭に重さがかかった。
そっと視線を上げると重みの正体がわかる。
風魔の手だ。
(よかった、ほんと、よかった…)
体中がなんだか温かいもので満たされたような気持ちになる。
ぽんぽんと一調子で撫でる風魔の手には今までの苦労(苦労とは言えないかもしれない苦労)が報われたような気がして涙が溢れた。
顔を上げると風魔がその手で頬に流れる涙を拭ってくれた。
…けれど、その行為には一瞬肝を冷やす。
(いやあの手先とか鋭いんですけど、毒とか塗ってあったら掠ったら一大事なんですけど…)
風魔に限ってそんなことはないか、とは思えなかったが一瞬の出来事だったためと、実際なんともなかったためすぐに忘れた。
しかも溢れ出る想いの勢いで思い切り風魔の両手を両手で掴んでしまったりした。
「風魔さんが生きていてくれて本当によかったです。本当に本当に、私は沢山風魔さんに助けられたんです。お礼を言っても言いつくせないほどに」
若干だが、風魔に困惑の色が見て取れるような気がする。
「まだ、私はまだ、選んだこの道が正しいのかとか色々未練とかぐしゃぐしゃなんですが、それでも!風魔さんとお会いできたこと本当はいけないことだとわかっています。風魔さんは伝説の忍だから。でも助けていただいたこと、一緒にいてくださったこと、お会いできたこと私は忘れたくないし忘れないと思います」
もしも、風魔が外伝ストーリーのように自身を目撃した者を殺していくのならばこの言葉はきっとにとっては不利な言葉だというのは重々承知だ。
けれど、例えそうだとしても、人が人に何かを伝える時、それは言葉が最も伝える手段として有効だから、は言葉を止めない。
は風魔に何度も救われた。
ならば今、その言葉を言ったせいで殺されたとしても悔いはないし、寿命が延びたという感謝を伝えるのに何をためらうことがあろうか。
「風魔小太郎は、最高の伝説の忍だと私は思います。本当に本当にありがとうございましたっ」
自分ができる精一杯の感謝の表現だ。
伝わっただろうか。
瞬きすることすら忘れて風魔を下から一直線に見つめる。
びゅう
突如、下から風が巻き起こり、はその風の強さにぎゅっと目を瞑る。
一瞬の暗闇から戻るとそこに風魔の姿はない。
高ぶっていた感情が一気に沈静化する。
小さく息とともに身体の力を吐き出した。
すると、ひらり、白い花の花弁がの視界を通り落ちた。
そっと頭に手を伸ばすと一輪の花が引っかけてある。
花を手に取りまじまじと見つめる。
どうやら風魔からのようだ。
(よかった…)
の気持ちは確かに風魔に伝わった。
はその花を見つめ、緩やかに笑みを浮かべる。
風魔は、が花に気づいて笑みを浮かべた様子を栄光門の上から見届けると風に乗って小田原の警備をすべく消え失せた。
「…で」
「…いつまでそうしているつもりだ兄」
こっそり松永と北条の会談を抜け出していた三好三人衆は木の枝を頭に付けたり(兄のみ)してを見守っていた。
弟達の声の大きさに三好兄は大慌てで人差し指を口元に持って「しぃーしぃー」とやっている。
それを華麗に無視して弟達は会話を続けた。
「しかし梔子か」
「風魔らしい」
感心したように弟達は言うが、兄は反対の表情を浮かべた。
「上杉の花か姫百合か…にはもっと…」
ぶつぶつ言いだした兄をまたもや弟達は放ってのほうに歩を踏み出した。
ちなみに、上の会話はにはしっかり聞こえていたりした。
兄の尊厳のために、あえてはそちらのほうに向かなかったのだが、弟達が出てきたのならば仕方がないと振り向いた。
「あれ、久秀様は?」
すぐに問いかけるのではなく弟達の姿をきちんと確認してから言う。
「ああ、大丈夫だ」
「耄碌爺なんぞ敵ではない」
「あ、そう…酷いな」
耄碌爺と言い捨てる弟に困ったようには笑って、すう、と空を見上げた。
弟達もそれに倣う。
「よかったな」
「うん…」
弟の言葉に素直に頷くの頭をもう一人の弟がくしゃりと撫でた。
頭に木の枝をつけた兄は未だに表に出ることができなかったが、木の陰でその様子に感慨無量と胸を詰まらせていた。
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