青い空を満たされた気持ちで見上げていたとどうでもいい気持ちで見上げていた弟達の後ろで大きな咳払いが聞こえた。
「ウォホン、ゴホン…あー、、なんというか…よかったな!」
「あ、ありがと…兄」
振り向くと明らかにわざと過ぎる様相で三好兄が立っていた。
「会話は終わったのか?木との」
「それとも相手してもらえなかったか?木にすら」
「黙れ」
嘲笑する三好弟達を滅多に見せない本気で一蹴すると兄はさっさとの肩を抱いて歩き出した。
「疲れたろう、沢山走らせたからな…休むかあちらで、な」
「う、うん…そだね…久秀様もあっちに?」
一瞬見せられた兄の本気に戸惑いながらが尋ねれば、脇から弟達二人も二人の横に並ぶ。
「もちろんだ」
「帰りの算段も決めねばな」
「あ、そっか、帰り、か…なんか…物凄くもったいない気がするけど…すぐに帰るのかな…」
できることならもっと今度は松永とどこかふらふら寄りながら、と思っただったが、その期待は粉々に砕かれる。
「すぐ出立する」
「「「はっ」」」
(ですよねー)
が室内に入ったのを確認するとほぼ同時に松永より発せられた言葉により直帰が決定した。
落胆の気持ちなどほぼなく、これだけ長い間離れたとしても大体の性格はわかるし、そうでなければ彼の人ではない。
「、どうかしたかね、」
松永の鋭い眼光がを射抜く、はそれを柔らかく受け止めて弾く。
「いいえ、何もありません。久秀様」
穏やかな気持ちで、笑みを浮かべた。
「氏政公、大変お騒がせいたしました」
「なんの、気にすることはないのぢゃ」
風光明媚な小田原城の栄光門の手前、深々とお辞儀をすれば、くいと袖をひかれた。
「お主ならいつでも遊びに来ると良いぞ…風魔と仲良くしてほしいのぢゃ」
こそりと耳打ちされた言葉は予想外に嬉しいもので、つい、満面の笑みで答えてしまった。
「はい、是非に、ぃぐぇ!」
ぐ、とお腹が潰れるくらいの圧力がかかり、馬上へと引き上げられた。
「では失礼」
頭の上から聞こえた重低音に身を竦ませる。
気づいた時にはすでに、栄光門は小さくなっていた。
ぱからっ、ぱからっ、馬の走る音、小鳥の囀り、梢のざわめきくらいしか聞こえないまま過ぎていく。
馬の首、さらさらと流れる鬣を見ながら言葉を探すがどうにもうまくいかない。
「…、あり、がとう、ございました…」
ぽつり、出た言葉はありきたりで当たり障りない言葉だった。
おまけにあんまり小さい声だったから聞こえているかどうかも不明だ。
それでも、自分を旅に出してくれたこと、三人衆を供につけさせてくれたこと、旅費のこと、最後、北条にだってきっと松永が交渉してくれたのだと知っているから。
が返せる物は何もない。
けれど、この気持ちを伝えることは、できること、だから。
今度は振り向いて、真っ直ぐ松永を見つめた。
「久秀様、本当にありがとうございます」
真っ直ぐ、前を見る視線を外して、ちらり、を見た松永は視線を戻した。
「愚陋愚陋…だが、悪くはない」
微かに口端を上げていることから、言って良いことだったとは安堵した。
(だけど…ぐろうってなんだ…?)
並走する三好兄が何かを言いたそうな雰囲気を出したが、空気を読んで口を噤んだ。
そうこうするうち、あ、と言う間に小田原から離れた。
そして、い、という頃には、駿河を抜けた。
馬での移動はやはり、速い。
寄り道など一切せず、ただただ走り去る。
何か、急ぐ理由でもあるのだろうか。
泊まる旅籠で兄に尋ねても、首を横に振られてしまう。
う、という頃には、遠江を通り過ぎた。
遠くに浜松城が見え、自然と口元が緩んだ。
え、という頃、三河を抜けて、お、という頃には、尾張へと辿り着いた。
しかし、暗く暗い暗雲が立ち込める尾張もすぐさま抜けた。
そして、住みなれた大和の街並みに囲まれたかと思えば、懐かしさすら感じる松永の居城へと帰りついた。
城内の地に足がつくと、は大きく深呼吸した。
そうでもしないと、あまりにも早く過ぎた数日を実感することができないからだ。
それでも、この数日ひたすら松永に話し続けた。
報告することはもうない。
いつも通りの日常が始まる。
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