……かこーん………かこーん…

静寂に規則正しく響く鹿威し、松永の居城の茶室にはいた。

小田原から帰ってきて早数カ月になる。

旅の片付けがようやく終わり、は松永に茶を立ててもらっていた。

は、松永が茶を立てたいがために連れてこられたと理解している。

最初の頃は戦々恐々と対峙していたが、今では相手をよく見ることができ、相手の行動の意を汲みとることができるようになった。

(ただ、それでも、この松永久秀という人物は底を知ることができないほど深く謎に満ちているの、だけれど)

「…久秀様」

きちりと正座をしてぴしりと背筋を伸ばし、真っ直ぐに相手を見つめることも苦ではなくなった。

「、なにかね?」

かき混ぜられていく緑色に視線を落としては言葉を続ける。

「私は、この世界で何一つできることなどありはしないと思っていました。ただ、毎日、息をして食事をして排泄をして睡眠を取ることしかできない、と」

排泄、の部分で松永が眉根を寄せたが、は敢えて続けた。

「しかし、此度の件で知ったのです。…私もこの世界の人々となんら変らないのだ、と。笑って泣いて苦しんでもがいて喜んで楽しむことが当たり前にできているのです」

旅で出会った人々の笑っている顔、悲しんでる顔、喜びの声、悲鳴、笑い声が浮かんでは消えゆく。

「…私は、この世界で、生きています、久秀様」

す、との前に立派な茶器が置かれる。

向かい合って礼をして、茶器を受け取り、両の手で茶をいただく。

「それは、結構なことだ」

茶器の向こうで松永が酷く柔らかい眼差しでを見ていたが、何を言っているのかと言われず安堵したには全く見えていなかった。

茶器を降ろす頃には、平時の表情で松永は続ける。

「そうして魂をこちらに馴染ませるといい」

から茶器を受け取り片付ける。

「卿を、返すつもりなどないのだから」

ざわりとが全身総毛立つほどの声音だった。

けれど、繰り返される誓いの意はいつでも同じだ。

答えもそう、決まっている。

「はい、久秀様」

松永の意思と共に、は流転する世界を生きる。


茶室を出れば、戦国の明るい青空がを迎える。

揺らぐ境界はもうない。

あちらのもこちらのもただ一人のであること。

「…真実は、いつも一つ」

かの名探偵の台詞、あちらの世界に関する記憶、今はもう感情が動かない。

は、ふふっと笑って駆けだした。

駆けだしたのその背を見つめながら、松永もゆうるりと歩き出す。

手を掴まずとも、縄を打たずとも、彼女はもう消えることはないと確信をして。




「HEY!元気か、

「鬼が来てやったぜ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と松永が居間に入れば、二人の武将が寛いでいた。

「…どう、なされたのですか?お二方…特に政宗公」

特に、とつけたのは伊達政宗の格好があまりにも奇特なものだったからだ。

まず、顔にはいつもの眼帯の代わりなのか、笹かまの眼帯で、首には牛タンと思しきものの首飾り、腰にはずんだ餅の六本の刀。

「早々に立ち去りたまえ、二人とも出口はあちらだ」

「まぁ話を聞け、松永」

「座れや、なぁも」

その言葉には素直に座り、松永はとりあえず、ぱちり、と指を鳴らして、

「OUCH!」

「いでっ」

二人を庭へと爆破で追いやってから腰を落とした。

その爆破で、伊達の眼帯はいい色に焦げがつき、長曾我部の上着には穴が開いた。

「てめっ松永、穴空いちまったじゃねぇか!」

「それよりもオレの眼帯だろうが、どうすんだ、こんなにうまそうになって!

二人は文句を言いながらも、部屋へとまた上がりこんできた。

「誰だね、この馬鹿共を屋敷にあげたのは」

「それが…松永様、このようなものを長曾我部が持っておりまして」

控えていた三好兄が取りだしたるものは、「松永久秀良い人伝説実体験参加券」というものでがこっそり『松永久秀良い人伝説改訂版二』に入れておいたものだ。

松永の花押もあり、一種の入場券的な役割を果たしていると言っても過言ではないが、もちろん偽造の品であることは言うまでもない。

しかし、実際の松永の花押を忠実に再現し、最新の技術でもって大量印刷したものであるので一般兵に見分けがつくはずもない。

兄がそれを取りだした瞬間には、この場より逃げ出そうと腰を浮かせたが、それよりも速く松永の手がの首を捉えた。

、ひ、ひざひで、ざ、ま…」

「さて、卿はどのような罰をお望みかね?」

「な、何も望みま、…っ、こ、っこっほ、こほ

「まぁいい。後にすることにしよう」

は急激に狭められた気道が、血管が、元に戻ることで噎せこむ喉を押さえた。

「卿らがここにいる理由はわかったが、卿らの目的は何かね?その馬鹿馬鹿しい格好を見せるために来た、わけではあるまい」

「It's such roughly feeling.」

伊達が自信満々に言った言葉にまたも爆発が起こった。

「話が進まねぇから爆破はやめろや…も大丈夫か?」

こっそりその爆破を回避していた長曾我部が眉根を寄せる。

「お気になさらず、私は平気です」

(だいぶいつものことなので)

とほほと内心涙を拭きながらは努めて普通の顔で答えた。

「ならいいけど…辛くなったらいつでも言えよ…ってことで、だ。独眼竜の六爪を俺も取りに行ってよ、松永、お前もアレを狙ったって話じゃねぇかそんで意気投合してここまできたってわけよ、簡単に言うとな」

「そうか、では帰りたまえ。それとも六爪を置いていってくれるとでも言うのかね」

「That's right!」

威勢のいい声で約三百メートル向こうから走ってきた伊達が、松永の目の前に六爪を置いた。

六爪、そう、ずんだ餅の六爪を。

は静かに兄と共にその場を辞したが、どうだと言わんばかりの伊達と恥ずかしがらずに受け取んなと見守る長曾我部はその場に残ったまま。

…………これは…これは、実に有難いことだな…礼を、言わねばなるまい。独眼竜、それから西海の、鬼」

そして、城内での爆破の史上最高規模の爆破が起こった。

その爆破音をは兄の説教をBGMに意識のどこか遠くで聞いていた。

いつもの日常が、本当の意味での日常へ